75-85

アパレル、雑貨を中心とした小売・メーカーで働くひとたちの話

サイト名『75-85』の由来

サイト名『75-85』の由来について、
引き続き気にしてくれているひとが、
少数派ですがいらっしゃるので、理由を記事にしてみます。
(GW明けスペシャルです?)

少し長文ですが、どうぞお付き合いください。



実は、このサイト名の由来はひとつではなくて、
色々な理由があるのですが、
いちばん説明が面倒な(!)由来を記述してみます。

シンプルに『75-85』という、文字?言葉?が好き、なのですが*1
今の私の社会人になってからの、
チームで仕事をする時の考え方の一つにもなっています。


話しは20年ほどさかのぼります。

私は学生時代、なんの自慢にもならない
正真正銘悪い意味で、70点人間でした。

とりあえず平均点を取りに行く癖があって、
70点がとれると、それなりに満足していました。

当然、基本的に70点を狙いに行く人間だったので、
すぐに限界は訪れました。


学生時代から始めた服の販売のアルバイト(ノルマあり)で、
大きく挫折し痛い目にあったことが、70点人間卒業のきっかけです。

人間というのは極端で(私だけ?)悔しさからか、
今度は常に100点を狙う人間になりました。

昔から筋道を立てて、戦略的に動こうとすることには
面白みを感じる人間だったようです。

どうやったら100点になるんだろう?と
日々考えて働くことがやりがいになっていきました。


ところが100点を狙うというよりも、
100点でないと満足感が得られない状態になりました。

とはいえ簡単に100点が取れるわけがないので、
そこでも挫折の繰り返しです。

今日現在は、まだまだ勉強中ではありますが、
100点を狙って進めながら、
点数が足りなければ何が足りないのか、を
考えられるようになりつつあります。

・・・でも、当時は「とにかく100点」でした。


「とにかく100点」での一番の失敗談は、
婦人服衣料店で、年商1億5000万くらいの店舗の店長に初めてなった時。
当時24才くらいでしたので、これは約10年前の話です。

前任の大先輩店長の異動に伴って、新任店長としてその店に配属になりました。

当時の私は、店長になったばかりでしたが
今思えば、ダメな店長の見本のような存在でした。

自分自身に1秒のスキも無く100点を課すことは
まず表情に表れます。
当時の私はほとんど笑っていなかったと思います。

お客様に対する接客時くらいは、笑えていたかな、程度です。
やりがい、楽しい、という気持ちよりは
どうにかして予算を取らなければ、という思いばかりでした。


そして、一番の失敗は『スタッフにも100点を求め続けた』ことでした。


私が当時、どんな人物像だったかと言えば
「ほめない」「ただただ厳しい」「いつも怒っている(ように見える)」
という感じでしょうか。

それだけ厳しく日々を過ごしていた成果なのか
売上としては、ぐんぐんと前任店長時よりも大きく増加していきました。

ただ同時に、前任店長によって作り上げられていた
見事なスタッフのチームワークが崩れるのは、一瞬でした。
年上のベテランから、短期のアルバイトまで
ほぼ全員が、退職希望を出してきたのです。

当時は、一生懸命やっているのに、何故自分がそんな目に遭うのか
理解が出来ませんでした。

全力で仕事や目標に取り組むことの何が悪い。
そういう意識しか持っていなかったのだと思います。

怒りと苦しみと、何故?という気持ちで大混乱です。
どうしようもない状況に困り果てました。


ただ、一つだけ救いがあったのは、
自分がスタッフや、サブ店長だった時に
どういう気持ちで働いていたのか、を思い出せたことです。

私は、今までの上司には厳しいひとも多かったですが
上司には恵まれていたのだと思います。

今の時代で言うと、いわゆるパワハラ?に近い指導も受けた記憶がありますが
だからといって、「常に100点の結果を全力で出せ」と
言われたことは無く、

どちらかというと、100点を目指して、結果80点くらいの結果でも
充分褒めてもらえていたように記憶しています。

その経験を思い出せたことが、まさに自分のターニングポイントでした。

「一生懸命やっていることがわかって、結果75点~85点くらいなら、良し」
そういうスタンスで、スタッフと接していこう。

そういうルールを自分に設定しました。

そして、
「自分自身は引き続き100点を目指すし、手は抜かないけれども
120点の結果が出ることもあれば、相手や状況次第で70点の結果の時もある」
それでも良い。というルールも。

当時の自分にとっては、大きな方向転換だったのですが
このタイミングで、スタンスチェンジが出来たことは
本当によかったと思っています。

そのルールを自分に作ってから、あまり時間はかからず
空気としては非常に悪かった店内が、
すこしずつ変化していく様子は今でも覚えています。

ここからは、ただの私の成功体験の話になっていきますので
簡単に記述しますが、

一人、また一人と退職希望が、撤回されていきました。

当時のスタッフたちに、和解後?言われたのは
「全力でやっている姿勢は嫌いじゃなかった、だから一緒に頑張ろうとは思っていた」
「売上が以前より、どんどん上がっていく事自体は、楽しいし、面白いと思っていた」
「(ベテランバイトさんに)若くてがむしゃらも良いけど、周りを見なさい。店長!」

いかに当時の自分が、
自分のことしか考えていなかったのかがわかり
恥ずかしさやら、うれしさやら、色々と混ざり合った感情が
今でも思い出せます。

それでも、時々「100点求め病」を発症しそうになりましたが、
『みんな頑張って75~85点なら、充分。頑張った相手をほめよう』と
頭のなかでつぶやくようにして働いていました。


今の私があるのは、この時代に生まれた『75-85』です。

これからも仕事には全力で取り組みつつ、
今、ご一緒させて頂いている方々の課題を解決し
成果を、最速を目指しながらも、
少しずつ100点に近づけられるサポートが出来ればと思っています。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
来週からは、通常のインタビュー記事に戻ります。

もうすでに、全3回の記事を書き上げております。
少々お待ちください!


コジマサトシ

*1:身近なひとに数字フェチと言われております・・・